63. 毛越寺 : Motuji

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毛越寺(もうつうじ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の寺院。開山は円仁(慈覚大師)と伝える。現在の本尊は薬師如来、脇侍は日光菩薩・月光菩薩である。
境内は「毛越寺境内 附 鎮守社跡」(もうつうじけいだい つけたり ちんじゅしゃあと)として国の特別史跡[1]、庭園は「毛越寺庭園」(もうつうじていえん)として特別名勝に指定されている。2011年(平成23年)6月26日、「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」の構成資産の一つとして世界遺産に登録された。
平泉中尊寺、松島瑞巌寺、山形立石寺と共に「四寺廻廊」という巡礼コースを構成している。

寺伝によれば嘉祥3年(850年)、中尊寺と同年に円仁が創建。その後、大火で焼失して荒廃したが、奥州藤原氏第2代基衡夫妻、および、子の第3代秀衡が壮大な伽藍を再興した。中世の歴史書『吾妻鏡』によれば、「堂塔四十余宇、禅房五百余宇」があり、円隆寺と号せられる金堂・講堂・常行堂・二階惣門・鐘楼・経蔵があり、嘉祥寺その他の堂宇もあって、当時は中尊寺をしのぐ規模だったという。金堂の円隆寺は、金銀、紫檀をちりばめ、その荘厳は『吾妻鏡』に「吾朝無双」と評された。
鎌倉時代には鎌倉幕府にも保護されたが、1226年(嘉禄2年)に火災に遭い、戦国時代の1573年(天正元年)には兵火に遭って、長年の間、土壇と礎石を残すだけとなっていた。

明治の後半には新しい本堂や庫裏を南大門の外側に建て、1921年(大正10年)には伊達一関藩・一関城の大手門を移し、山門とした。1922年(大正11年)10月12日、「毛越寺境内 附 鎮守社跡(もうつうじけいだい つけたり ちんじゅしゃあと)」として史跡に指定された。

金堂跡は桁行7間、梁間6間に復原される礎石がほぼ完全に遺存しており、土壇の四周には基壇地覆石がめぐらされ、雨落溝の構造ものこっている。左右には翼廊跡があり、前方に折れてその両端にそれぞれ楼の跡も残っている。その他の堂宇の礎石もよく残り、その浄土庭園は、平安時代末期の遺構として、毛越寺のシンボルとなっており、苑池も橋脚をのこして中島・庭石については旧態をよく示して、平安時代の伽藍形式を示すものとして学術上の価値が高い。

1989年(平成元年)に平安様式に則って本堂が再建され、現在に至っている。
2011年(平成23年)5月に国際記念物遺跡会議が世界遺産への登録を勧告し、同年6月25日に世界遺産に登録された。

特別史跡
・毛越寺境内(附 鎮守社跡)

特別名勝
・毛越寺庭園


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岩手県西磐井郡平泉町字大沢58
GPS:
38.9871398, 141.10886400000004
Web:
http://www.motsuji.or.jp/

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